旅の途中で地元の人々から受けた"お接待"の感動を114編にまとめた 歩きへんろ詩集「ゆりかご」ができました。 本の表題を「ゆりかご」としたのは、心の中が常にゆりかごにのっているみたいに平安であったからです。 猛暑の中を荷物を背負って1400キロ50日間歩き通すー。毎朝血のションベンが出るほど過酷な旅で あったのに、なぜ心の中が安らかだったのか? それは、行く先々で"お接待"という思いやりの心に触れ、 心が癒され、本来の人間性を取り戻したからではないかと思います。 お金や物だけでなく、親切な心遣いやあいさつ、笑顔、優しい言葉をかけて頂くことがどれほど人に喜びを与え、 安心させることになるか、身にしみて体得できました。お接待をして下さる方に共通している点は、ご自身が 嬉しそうないいお顔をされていたことです。 何はともあれ、心洗われる旅を終えて、反省する心、感謝する心が深まったように思います。 そして、心の中が広くなったように感じます。また、目に見えない大きな力が働いていて自分を護ってくれている ような気がしています。 弊社社内報 「たけのこ」掲載の会長旅行記を数編ご紹介いたします。 四国遍路の体験記として、少しでもお役に立てれば幸いでございます。 【平成16年5月号より】 六月三日より"歩き遍路"の旅に出ます。雨季に入りますので、通し打ちで五十日を予定しています。 千二百年前に空海(弘法大師)が開いた四国霊場八十八ヵ所(千三百キロ)を歩いて回るのですが、 七月二十日頃には結願し帰ることができると思います。 還暦を過ぎ、社長交代をする私は、今大きな節目に当たります。今だからこそ自分の身体が歩き遍路 を求めるのです。今、"どうしても実行したい"という内的うながしを抑えることができません。 仕事に没頭して四十年以上休まずに走り続けてきましたので、ここで一旦立ち止まって、日常を離れ、 色々と深く考えて区切りをつけたいのです。残された時間をどう生きるか自問自答し、結論を見出して 帰りたいと思います。長期間仕事を離れ申し訳なく思いますが、留守を守って下さる方々に快く送り出し てもらえる我が身を有難く思います。本当は妻(訓子さん)と一緒に行きたいのですが、入院されている 父親のことがありますので叶いません。 でも、遍路旅は"同行二人"と言われているように、いつもお大師さんと二人連れですから安心です。 お大師さんと一緒に対話して歩けるのですから、色々なことに気付かせてもらえると思います。 弘法大師は、天皇から庶民まであらゆる人々から尊敬され、"宇宙の真理"を探求した偉大な哲学者 だと言われています。また、思想家・求道者・社会事業家・教育者・芸術家・科学者・政治家としても万能 であったと伝えられています。どんな人をも全てを包み込んで問題を解消されるので安心です。 また、歩き遍路は病を治す"お四国病院"とも言われていますので、私も心身共に健康になって帰りたい と思います。千三百キロの道中では、道に迷ったり、足に豆ができたり、マムシややぶ蚊に悩まされたり、 トンネル内の危険などが伴います。一日三十キロ(十時間)の歩行を目安にしていますが、標高一千メート ル近い険しい山にも登ります。梅雨の時期ゆえ体力も消耗するし、歩行距離も伸びにくいので、難儀をす ることと思います。出発に備えて毎日二万歩のトレーニングをしたり、訓子さんと娘の薫がせっせと写経を 書き溜めて準備を手伝ってくれています。 平安時代から続いているこの霊場巡りで特筆すべきことは、"お接待"と呼ばれる風習が根付いているこ とです。それは、地元の人たちが何の見返りも求めないで、お遍路さんをもてなすという利他の精神が四 国全体に定着していることです。八十八ヵ所の札所から札所に至る道中にこそ、遍路道に漂う"共生"とい う独特の空間の中にこそ、巡礼の意義があるとも言われています。里の人たちが、巡礼者に必要な食べ 物や飲み物やお金、一夜の宿(善根宿)等々を無料で提供する風習は貴重なことだと思います。不登校や 引きこもりの青少年が巡礼中にこの"お接待"に触れて立ち直るのは、人間の本性を取り戻されるからで はないかと思います。 今、四国霊場巡りのおもてなし文化を”ユネスコの世界遺産”に登録しようという運動が起きています。 私たちも道でお遍路さんに出逢ったり、店に立ち寄られることがありますので、親切にして差し上げてほし いと思います。私たち飲食業の原点は、この"お接待文化"の中にこそ、その本質があるように思います。 どんな人でも受け入れる利他の心をつかんで帰りたいと思います。大自然がいっぱいの"霊場四国"。 この地で生まれたことを感謝しています。 【平成16年6月号より】 歩き遍路の旅に出て19日目、ただ今、香川県丸亀市を通過しています。 荷物を背負い里の家々を縫うように歩いたり、また、海抜800mの山にも登ります。峠を越え、谷間を下り、 "遍路路"を毎日11〜12時間黙々と歩いています。元気なうちにこうして歩かせて頂けるのも各店クルー の皆さんのおかげと感謝しています。 五時出発の山上の朝は、真っ赤な太陽と命を結ぶことができて、心が洗われます。そして、大自然の中に 身を任せ、野鳥の声を聞き、金剛杖の鈴の音を響かせながら元気に歩いています。 路傍の草花に初夏を見つけながら歩いていると、遍路の道中で亡くなられた人の墓や、ニーズを見失って 廃業した飲食店の残骸が雑草に埋もれています。"諸行無常"の時の流れをかみしめています。 そして、亡き父母のこと、家族やクルーの皆さんのこと、寿命のことなど色々考えます。 き遍路で特筆すべきことは、"お接待"と呼ばれているおもてなしの文化です。 "青い国四国"、"いやしの国四国"という言葉がピッタリの文化が根付いていることです。 "同行二人"(どうぎょうににん)という言葉は、"お遍路さんは弘法大師さまと二人連れで歩いておられる"と いう意味です。ですから、里の人たちは、お遍路さんを見つけると、お大師様が歩いておられると思って 親切にして下さいます。私はまだ三分の一を過ぎたところですが、すでに40〜50回ものお接待を受けました。 お金を下さいます人や、飲み物、果物、お菓子にお弁当、そして、家に招いてコーヒー等のお接待をして下さ る人等々、本当に親切にして下さいます。また、山中で農作業をしている青年が水のある場所を教えてくれ たり、「トンネルは危ないから乗っていかないか」と声をかけてくれるダンプカーの兄ちゃんなど、色々なケース で"お接待"をして下さいます。 その中でも、優しい言葉を一声かけてくれる人、笑顔で挨拶をしてくれる人は、お金のかからない最高のお接 待だと思いました。へたばりかけていても、不思議と元気が湧いてくるのです。 私たちの仕事は、お客様からお金を頂いて接客サービスをしていますが、この、お遍路さんへのお接待は無料 です。何の見返りも求めないし、期待もされません。ただただ、旅の無事を祈り、尽くすだけの一方通行に喜び を見出されているのです。その証拠には、お接待して下さる人たちの顔が一様に例外なく、喜びと慈愛に満ち た笑顔で生き生きとされているのです。 一例をあげると、昨日の午後、私はうどん屋さんに入って1杯240円の冷やしうどん(中)を食べました。 支払いを済ませて店を出ようとすると、店員さんが「これお接待です。」と言って、私の手のひらに100円玉を 1個乗せて下さいました。見上げるとまだ10代の娘さんで、"観音様"のようなやさしい笑顔をされています。 両手を頭の上に上げて有難く押し頂きましたが、どうやら自分のポケットマネーを下さった様子でした。 「何ということか・・・」思わず涙がポロリと出ました。240円の売り上げのお客様にも真心を尽くす娘さんの姿に、 私は、お大師様を見たように思いました。 歩かせていただくことによって色々と気づかせていただきます。各店クルーの皆さんのおかげです。本当にあり がとうございます。宇和島帰着(結願)までに後1ヶ月ほどかかりますが、何卒よろしくお願いいたします。 【平成16年7月号より】 二ヶ月の歩き遍路に出たが、初日で足が動かなくなった。背中の荷物が重すぎたからだ。 二日目に半分を捨てた。ポケットティッシュも捨てた。爪切りも捨てた。 重いので捨てたら、ずいぶんと楽になった。 また、一日がかりで標高七百メートルの岩屋寺を往復した時は、宿に荷物を全部置いて 手ぶらで歩いたので、爽快だった。肩の荷を降ろすとはこのことだ。 荷物は、無いほうがいい。余計なものは何も持たないのが一番いいと思う。 "取り越し苦労"をするから荷物が増えるのだ。取り越し苦労は百害あって一利もない。 明日のことを考えすぎると用心深くなりすぎて荷物が増える。 荷物が増えると疲れて、ノイローゼになったり、病気になる。 明日食べる米がなくても、ニコニコして、今にベストを尽くせば何とかなるものだ。 昨日までの過ぎたことは忘れる。そして、まだ来ていない明日のことは考えないでもよい。 一日一日、即今充実の生活をするのが楽だし、本当の力が出るように思う。 明日のことを心配しすぎると今の仕事に力が出なくなる。 イザという時は、馬鹿力が出て何とかなるものだから、心配いらない。 「この秋は、雨か嵐かわからねど、今日のつとめに田の草を取る」という言葉があるが、 先々のことは気にせず、今日やるべきことを黙々と果たせばそれでよい。 今やるべきことに最善を尽くして、後の結果は天の神様に任せればよいと思う。 苦しい時、困った時は、荷物を思い切って捨ててみる。現状を変えてみることが大切だと思う。 持っているもの、引きずっているものをさっぱりと捨ててみると新しい世界が拓けてくるように思う。 思い切って捨てること。何の未練もなく思い切って捨ててみること。 何にも持たない生き方は、本当に愉快だと思う。荷物は取り越し苦労の塊(かたまり)だと思う。 【平成16年8月号より】 歩きへんろの記「ゆりかご」の出版は思わぬ反響を頂いています。 お接待の中にある「利他の心」が読む人の琴線に触れるからではないかと思います。お接待をする方々が 自分の都合を忘れて、ためらいもなく相手に喜びを与える行為に感動されるのではないかと思います。 ここに飲食店での実例をひとつ紹介いたします。苦楽を共にしてきた奥様を亡くし、冥福を祈るため四国 八十八カ所の巡礼を終えた方が、最後に立ち寄った高知空港の日本料理店「司」での出来事です。 ・・・ビール1本と土佐名物カマスの姿寿司を1人前注文した。加えて、「申し訳ありませんが、グラスは2つ で」と注文を受けた若いウェイトレスは、「どうしてグラスが2つ必要なのか?」と不思議に思いながらも指示 に従い、まずビールとグラス2つを出した。すると、客は女性の写真をテーブルの中央に置き、その前のグラ スにビールを注いだ。自分のグラスにもビールを注ぎ乾杯をした。ウェイトレスは「お客様は亡くなった奥様 の写真を持って巡礼をしてきたのだろう」と思った。そこで寿司が出来上がって運ぶとき、箸と箸置を2組、 小皿を2枚持って行った。 その後、家に帰ったお客さんからのお店への手紙には次のように書かれていた。 「四国巡礼の旅には家内の写真と一緒に出かけ、食事の時には一緒にビールを飲みました。しかし、お箸 と小皿を2人分出して頂いたのはお宅の店が初めてでした。驚きました。感動で体が震えました。帰りの飛 行機の中では涙がとまりませんでした。本当にありがとうございました。」・・・ 1200年前から続いている"お接待"の文化。"いやしの国"四国に生まれたことを誇りに思います。 飲食業はお接待業です。多くの人に生きる勇気と生きる喜びを与えるすばらしい仕事だと思います。 【平成17年8月号より】 先日の金曜日、朝日町店に歩き遍路さんが立ち寄られ昼食をされたそうです。食後のコーヒーをお接待 させて頂いてお帰りを見送ったまではよかったのですが、後でお代金をもらい過ぎていることに気づきました。 金曜日は生ビール中ジョッキ百円と安くなっているのに、うっかりして正規の値段をもらってしまったのだそう です。 山田さんが車で後を追いかけましたが、二時間以上経過していた為に、九キロ先の光満新屋敷でやっと追い ついたとのことでした。事情を話してお金を受け取って頂いたのですが、大阪と埼玉の二人のお遍路さんは 大変恐縮されていたそうです。私はその話を聞いて嬉しく思いました。 また、先日宇和店で夜の食事をされた若い男性から次のようなハガキを頂きました。 【歩き遍路をしている者です。 あまりきれいといえない身なりをしているにも関わらず、嫌な顔一つせず優しく対応して下さいました。 何よりも店員さん全員が優しくて感動しました。お忙しい時間にも関わらず、道の説明をして下さったり、 トイレに歯ブラシを置くなど細かい気配り・・・閉店後はお店の軒下のベンチを野宿の場所に貸して下さいました。 何よりも店員さん達の柔らかな笑顔と挨拶に長旅の疲れが一瞬にして吹き飛びました。本当に良いお店でした。】 と書いてあります。 私は、このハガキを読んで感動しました。二度と会えないお遍路さんや観光の途中に道を尋ねて立ち寄られる 方等々、困っておられる人たちに親切の限りを尽くしておられる皆さんはすごいと思います。東洋軒の皆さん は南予地域の誇りです。「優しい町や宇和島は!」「四国はええとこよ!」と言ってもらえる事は何よりも嬉しい ことです。 さて、今私は、歩き遍路さんが休憩できるへんろ小屋を作りたいと思っています。津島から三間までの間に 二〜三箇所欲しいところです。昨年の夏、歩き遍路の通し打ち(二ヶ月)を体験した中で沢山の『お接待』を受け て人間本来の優しさに心打たれました。人の心の優しさを取り戻してくれる旅でした。それぞれの思いを胸に ひたすら歩くことによって何かを得ようとされているお遍路さんにとって、一時の安らぎを与えてくれるへんろ 小屋を作りたいと思うのです。歩き遍路さんにとっては、強い陽射しや雨がしのげる屋根と足を休めるための 腰掛けがあって、二〜三坪もあれば充分だと思います。私自身もカッパを通して肌を流れるような強い雨に打た れたり、焼けたコンクリートの上に座って日干しになったりしながら、へんろ小屋のありがたさを身をもって体験 しました。へんろ小屋を通して、私達の住んでいるこの地域に人と人とが支えあう慈悲の心が広がればいいなあ と思います。 ★只今宇和店駐車場にもへんろ小屋建築準備進行中です。
|
||||||||||||||||||||||